俺たちも通った道を、蓮も同じように通る。
今まで類やあきらに教わっていた事を、家庭教師に教わる。
だけど、お茶だけは俺が教える事を譲れなかった。
『だって、総二郎だって忙しいでしょ?他の先生でもいいんだよ?』
「俺は平日は結構自由に出来るから。蓮の稽古くらい大丈夫だよ。無理なら他の先生に来てもらうし」
『そう?ならいいんだけど。蓮も総二郎の方が喜ぶよ。』
つくしや蓮に会う機会を、失くしたくはなかった。
週に一度の稽古の日。
今日はつくしも一緒に来た。
『司出張でいないしヒマなんだよね。』
南米に1週間、出張に行っている司。
帰国の予定は明日。
「じゃあ食事でも行こうか?夜は予定ないし」
『うん!』
久しぶりに3人での食事の約束をして、蓮の稽古が始まった。
予定通り1時間ほどの稽古も終わり、俺は着替えようと茶室の襖に手を掛けた。
携帯の着信音が鳴り、つくしが鞄をあさる。
表示されてる名前を見て、少し口角が上がったようにも見えた。
『もしもし・・・うん、え?もう?・・・えー、総二郎と約束したのに~・・・わかったって。うん、待ってるね。』
電話を切り、ため息をついたように見えたけど、その顔は笑っていた。
「司?」
『うん。予定切りあげてさっき帰国したんだって。ごめんね、総二郎。せっかく約束したのに行けなくなっちゃった。』
「お父さん帰ってきたの?」
『お仕事早く終わったんだって。今ここに向かってるよ。一緒にご飯食べに行こうって』
「やったー!お父さんと一緒!」
『あ、総二郎も一緒にどう?』
「遠慮しとく。家族のだんらん邪魔するほど野暮じゃないんでね」
つくしや蓮の嬉しそうな顔を見てしまうと、俺も行くとは言いづらい。
こんな時、類なら行くんだろうけど。
俺との食事よりも、司との方が嬉しいんだろう?
つくしが類と男女の関係になっていない事も知っている。
俺たちが傍にいても、司だけを想い続けていたつくし。
敵わない想いに、自嘲的な笑いがこみ上げる。
廊下を歩く音。
茶室の襖が開けられ、少し頭を掲げた司が入ってきた。
「お父さん!」
司に飛びつく蓮。
「久しぶりだな、蓮。良い子にしてたか?」
「うん!おかえりなさい、お父さん」
「ただいま、蓮」
抱きしめられ、頭を撫でられ、満面の笑みを司に向ける。
『おかえり、司』
「おぉ、ただいま。」
つくしもその側に行き、文句を言っている。
『早く帰ってくるなら連絡くらいしてよね』
「サプライズだよ、嬉しいだろ?」
『せっかく総二郎とご飯行こうと思ってたのに』
「俺より総二郎がいいって言うのか?」
『別にそこまで言ってないでしょ?』
「俺が帰ってきて嬉しくないのか?」
『・・・そりゃあ嬉しいよ』
「最初っからそう言えっつうんだよ」
空いている腕でつくしを抱きしめる。
顔を近づけていく司。
『ちょっと!ここ総二郎の家!』
「いいじゃねぇか、いつものお帰りのキスだ」
『あ、後でするから!』
「チッ、絶対だからな」
渋々つくしから顔を離した。
「相変わらずラブラブで」
「当たり前だろ?新婚だっつうの」
こんなに幸せそうな顔をする親友を前にして、つくしとどうこうなんて考える方がバカみたいだ。
司の真っ直ぐな愛は、いつまで経ってもつくし以外に向けられる事はなく。
またつくしも司以外を見る事はない。
類でさえも入りこむ事が出来なかった2人の間。
ましてや俺が、その先を見られるわけがないんだ。
3人が帰って静かになった茶室。
襖を開け放ち、縁側に座った。
「総ちゃん、司くん達はお帰り?」
「さっきな」
母親が、通りがかりに俺に話しかける。
「司くんも立派になったわね。わざわざ私の所まで挨拶に来るなんて、昔なら考えられなかったわ。」
「司が?」
「これからも、妻と息子をよろしくお願いしますって。いずれ増えるだろう家族も、できれば総ちゃんにお茶を習いたいって言ってたわ。」
「へぇ~司がねぇ」
「本当に愛した人と結婚するって素敵ね。総ちゃんにも、そんな人が現れるといいんだけど」
俺の肩にポンと手を置き、奥の部屋へと歩いて行った。
「本当に愛した人かぁ…」
果たして俺にそんな人が現れるのだろうか。
今は首をかしげる事しかできないけど。
司にとってつくしのように、俺もそんな人に出会いたいと思った。
そんな事を思った、秋の夕暮れ。
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