名前で呼ばれる事にも慣れて、数回食事にも行った。
今日は専務の運転する車で、夜道をドライブしている。
と言っても、レストランの帰り道だけど。
あれから私は携帯を手放せない。
いつ鳴るか分からない電話。
拗ねる専務を見たい気持ちもあるけれど、今の私にはご機嫌取りができるような技量は持っていない。
取締役が産休中で会議に出る事がないのが、せめてもの救いだった。
真剣に運転する横顔。
見過ぎないように、チラチラ見ては目に焼き付けていた。
「美香」
「はい!」
「見てんのわかってるから。」
「あ、すいません・・・」
恥ずかしい。
気付かれていたなんて。
「降りて話そうか」
駐車場に停まり、夜の公園を歩く。
「結婚しようか、俺たち」
一歩後ろを歩く私に、突然言われたプロポーズ。
「はい…えぇ?」
「あ、指輪買ってなかった。今度一緒に買いに行こうか。美香のサイズわかんないし。」
「ちょっと、待ってください!そもそも私たち、付き合ってるわけでもないのに?」
「じゃあ、美香は俺が誰かと結婚してもいいと思ってる?」
「いえ・・・思いませんけど・・・」
「なら、結婚しよう。籍入れるまでは婚約ね。」
「そんな簡単に決めてもいいんですか?」
「簡単なわけないでしょ。俺だってお見合いの話何件も来てるんだから。知らない女なんて、たとえ会社の為でも嫌。今の俺は、美香しかいらない」
「専務…」
「その専務ってやめて。名前でいいから」
「類・・・さん?」
「さんもいらない」
「類」
「美香、愛してるよ」
「類、私も」
抱きしめられて、重なる唇。
どこかで期待していた自分もいた。
まさか、プロポーズされるとは思っていなかったけど、類らしくていいと思う。
秋の訪れを感じる夜風が吹く今日、忘れられない日になった。
翌日、取締役に報告すると、自分の事のように喜んでくれた。
『先に謝っておく。これからも、あたしは類を頼ってしまうと思う。あたしの異変に真っ先に気がつくのも類だから。美香ちゃんが不快に思う事があるかもしれない。その時はごめんね?』
「はい。私にとっても、取締役は大切な人です。類は、私に愛してるって言ってくれました。だから、信じてます。」
『類に愛してるって言われたの?さすがにあたしでもないよ!よかった、類も美香ちゃんも幸せになってくれて。』
私を見つめる大きな瞳からは涙がこぼれる。
始めは乗り気ではなかった取締役の秘書。
なんで、私が。
自分の力を過信していた私を大きく変えた取締役。
大学院を卒業したばかりの、何も知らない人だと思っていた。
そんなの3日も側にいれば払拭された。
誰よりも努力を怠らない姿勢。
わからない事はないんじゃないかってくらいに勉強していたグループの経営の事。
日本で、西田さんの下でアシスタントをしている時は怖くて仕方なかった代表が、取締役の前だけでは緩々の顔を見せる事。
いつも側に置いて離さないし、見つめて、触れて。
こんなに愛される取締役を、羨ましいと思わざるを得なかった。
きっと、これからも類と取締役の関係に悩む事もあるかもしれない。
私を置いて取締役の元へ行ってしまう類に、悲しくなるかもしれない。
それでも、私は一緒にいたいと思う。
類に出会えた奇跡を、大切にしたい。
『類と美香ちゃん、結婚するんだって』
「・・・あいつら、付き合ってたのか?」
『ううん、告白すっ飛ばしてプロポーズしたみたい』
「類らしいな。まぁ仕方ねぇか。あいつも焦ってたんだろうし」
『なんで?』
「見合い話、出てんだよ。俺らももうすぐ30だしな。」
『そっかぁ。』
「しかし、類が結婚か。想像つかねぇな」
『そう?あの2人、結構お似合いだよ?』
「本当にそう思ってるか?」
『え?』
「今まで何があってもお前の味方してた類が結婚するんだぞ?高梨の前で今まで通りってわけにもいかないだろ」
本当は…
『お似合いだと思ってる。相手が美香ちゃんで良かったって本当に思ってる。けど・・・』
「けど?」
『少し寂しい』
「だと思ったよ。」
隣に座っていたあたしの肩を抱き寄せる。
「俺も姉ちゃんが結婚した時にそう思った。それと同じだ。ま、俺としちゃあお前の周りから類が離れるのは嬉しいけどよ、高梨までいなくなったら寂しいだろ。いずれ辞めるだろうしな」
『そう・・・だよね。辞めちゃうよね。』
「だけど、俺と渉はお前から絶対に離れる事はない。それだけは忘れるな。」
『・・・うん。』
「それに、結婚したってあいつは遊びに来るだろ。なんだかんだ理由つけては、高梨連れて来そうだもんな。」
『類ならどこにでも連れていきそうだもんね』
「あいつはきっと嫉妬深いぞ」
司に言われたくはないと思うけど。
今度から、寂しくなったら司の名前を呼んで抱きしめてもらおう。
いい加減あたしも、類離れしなきゃいけない時が来たみたいだ。
心から祝福するよ。
類、美香ちゃん、おめでとう。
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