毎日ここに通っている私とも必然的に会う事になる。
挨拶と、必要最低限の会話しかしないけれど。
取締役に見せる笑顔が素敵で。
この距離で見られる事に幸せを感じつつ、いつか私にその笑顔を向けてくれないかなとも思う。
書類の確認をしながら、取締役の授乳が終わるのを待っていた。
やけに感じる視線。
ドキドキして少しだけ指が震えた。
「梨食べたい」
唐突な言葉に、唖然とした。
『類はね、自分が興味がある人、心を開いてもいいと思う人にしか話しかけないしワガママも言わないよ』
取締役の言葉を思い出す。
自惚れてもいいですか?
出来る限りワガママを聞きたいと、厨房へと向かった。
ベストなタイミングで厨房にはたくさんの梨がある。
数時間前から冷蔵庫で冷やされていた梨を持って、取締役の部屋へと向かった。
じーっと見つめられながら梨を剥く。
この時ばかりは料理ができる自分を褒めたいと思った。
少年のような笑顔で梨を頬張る花沢専務。
言葉は少ないし、何を考えているかもわからない人だけど、私が剥いた梨を食べただけでそんなに喜んでくれるなら何個でもやるのに。
2人で一つの梨を食べて、私はさらに花沢専務を好きになった。
ふいに詰められた距離。
茶色いビー玉みたいな瞳で見つめられる。
ドキッと跳ね上がる心臓。
急に体温が上がったみたいで、顔が赤くなるのがわかる。
「ち、近いです」
押し退けるわけにもいかず、目を逸らすしか出来ない。
ククッ、っと独特な笑い方をして、私から離れた。
『あんまり美香ちゃんからかわないでよ~』
取締役の声に、慌てて冷静さを取り戻す。
仕事の一環で来ているはずなのに、この3人でいる空間に少し気が緩んでしまう。
代表がいれば、こんな風に慌てることもないのになぁ。
あのオーラには、周りを緊張させる何かがある。
取締役の前だけで見せる、緩んだ笑顔。
代表の仕事ぶりには尊敬するし、素敵だとは思うけれど、プライベートを知っている私には到底無理な人。
取締役にはもう少し穏やかな人がお似合いだと思うけれど、好きになったらどうしようもない事なんだろうな。
私が花沢専務を好きになってしまったように。
この想いを伝える日は来るのだろうか。
私の手帳には、花沢専務と会った日には花のマークを書くようにしている。
花沢専務が取締役に会いに来ていても、一目見られて挨拶を交わすだけで今の私は満足していた。
花沢物産、本社ビル。
道明寺の東京本社ビルより低いとしても、十分な存在感を表している。
今日はお使いでここに来た。
未だ産休中の取締役に書類を届ける仕事がない限り、私は他の秘書のアシスタントをしている。
今日は室長の西田さんのお使い。
受付で名前を告げ、露骨に嫌そうな顔をされエレベーターに乗った。
田村さんに案内されて着いた専務の部屋。
ノックをして入れば、真剣な表情でパソコンに向かっている花沢専務の姿があった。
「預かって参りました書類です。確認していただけますか?」
封筒から出してパラパラと確認してもらう。
「大丈夫。ありがと。あんたが来るって思ってなかったけど。」
「午後から取締役の所へ向かうので、お使いを命じられました。」
「そう。田村、どのくらい抜けられる?」
「・・・3時からの会議までには。」
「じゃあ、一緒にランチしよう。それから俺も牧野のとこ行く。」
「へ?」
私の返事も聞かずにドアの方へと歩き始めた花沢専務。
「類様をよろしくお願いします。」
田村さんに頭を下げられ、私は後を追うしかなかった。
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