運転手に指示を出す。
『ねぇ、家まで送ってくれるの?』
「いーや。お前、パスポート持ってるだろ?」
『西門さんが作ってくれたから持ってるけど・・・』
「とりあえず・・・お前んち寄るからパスポートだけ持ってこい」
『えっ?何で?全く意味わかんないんだけど』
「意味わかんなくていい。いいな?」
『腑に落ちない。納得いかない。嫌な予感しかしない』
全くの減らず口だ。
「素直に持って来ないなら、無理やりにでもお前の部屋に泊まりに行くぞ?いいのか?」
『ぐぅぅ・・・』
職場の奴らしかいないアパート。
誰かが連れ込めば、嫌でも周りに知れ渡る。
店でも始めは俺についていろいろ聞かれるのが嫌でたまらなかったと。
ただの高校時代の先輩と後輩だって言いきっているらしいが、いつまでそれも持つんだか。
『目立ちたくないのに、あんたのせいで台無しよ』
そうやって睨んでる顔も、俺にとっては可愛くて仕方ないんだ。
そんな事、牧野は知る由もないだろうけど。
アパートの前で待ってると、ものの数分で出てきた。
『あたしのパスポートなんて何に使うのよ』
「いいからよこせ。悪いようにはしない」
『・・・全然信用できないんだけど。』
「お前なぁ。俺がお前相手に詐欺でもすると思ってんのか?」
『詐欺なんて、お金だけじゃないでしょ』
パスポートが入っているであろう鞄を胸に抱える。
「パスポートがないと行けないとこに行くんだよ。まぁいい。後で西田に渡せよ?」
『西田さん?っていうか、パスポートがないと行けないって・・・え、海外って事?何で?あんた明日からヨーロッパ…』
「そういうことだ。諦めろ」
『諦めるって何よ!降ろしなさいよ!あたし明日も仕事なんだから!』
ドアをガチャガチャするが、走行中の為もちろん鍵は閉まってる。
「それは気にするな。お前の休みは貰った」
ドアを開けようとしていた手が止まり、俺に振り返る。
『・・・は?』
「女将に話はついてる。普通の社員には有給っつうもんがあるんだろ?それだな。」
『勝手にあたしを休みにしたの?』
「あぁ。どうしても、お前を連れていきたい。」
『あんた仕事じゃ…』
「今回の視察には牧野が必要なんだ。・・・ダメか?」
懇願するように顔を近づける。
牧野にしかこんな顔しないんだからな。
『ダメ・・・って言ったって、休みじゃどうしようもないじゃない。もう!なんであんたの自己中に付き合わなきゃいけないのよ!っていうか、荷物!あたしパスポートしか持ってないよ?』
「それくらい俺が用意するから気にするな。お前は身一つで来ればいい」
『何であんたは・・・!あたしの決意を無駄にしないでよ・・・』
それっきり、窓の方を向いて会話もなくなった。
牧野の決意。
それは俺との別れだろう?
自分のせいで周りが傷つくならと、自己犠牲の上に成り立ったものだ。
だがな、牧野。
俺だって決めた事があるんだよ。
牧野を二度と、離してたまるかって。
もうあんなに胸を締め付けられるような想いはごめんだ。
牧野と2人で、笑って、怒って、泣いて、幸せを感じながら人生を歩みたい。
どんなに逃げようと、地獄の果てまで追いかける。
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