「はい」
「では案内いたします。牧野さん」
『・・・はい。こちらでございます』
カウンター、テーブル席、座敷もある店で、俺はカウンターの端を好んで座っていた。
始めに来た時は座敷を案内されたが、いつも牧野が傍にいるわけではないのが面白くない。
それからはカウンターの端に座るようにしている。
ここは座敷に続く廊下、厨房の出入り口、テーブル席も見渡せる格好の席だ。
いつも視界のどこかに牧野を捕える事が出来て、ビールを飲みながらそれを眺めるのが楽しみ。
女将の好意で、俺の担当はいつも牧野だった。
だからあいつも俺を気にかけていないと怒られるという好都合。
手が空いていればビールも注いでくれる。
「今日は暇そうだな」
『そうだね。いつもよりお客さん少ないかも。』
「じゃあ俺が売り上げに貢献してやるよ」
『いいって。あんた接待ここでしたりでお客さん増やしてくれてるもん。女将さんも喜んでたよ。それより忙しいんじゃないの?この間より顔色悪いよ?』
本当にこいつは、そういうとこには敏感に気付く奴だ。
普段は腹立つくらい鈍感なのに。
「まぁな。明日からヨーロッパ視察だからスケジュール詰まってる。」
『早く帰んなよ。少しでも体休めないと、移動時間だって長いでしょ?』
「フライト中に寝るから大丈夫だ。・・・そんなに俺が心配か?」
『べ、別にそういうわけじゃ・・・』
慌てて否定して顔を真っ赤にする。
見慣れたはずの着物姿もやっぱり可愛いと思うのは、仕方のない事。
「帰っても仕事だしな。お前はよく貧乏ヒマなしだって言ってたけど、金があってもヒマはねぇんだよ」
グラスに残っていたビールを煽る。
「帰るわ」
『あ、うん・・・御愛想いたします』
財布から出したカードを牧野に渡す。
サインを求めに来た牧野の後ろから女将が顔を出した。
「牧野さん、今日はもう上がりですので、アフターでもどうぞ」
『え?え?初めて聞きましたよ?』
俺と女将の顔をキョトキョトと見比べている。
「道明寺様だから、牧野さんを預けられるのよ。さ、着替えていらっしゃい」
『あ、はい・・・』
伝票とカードを俺に渡し、首をかしげながら下がっていった。
「女将、モノは相談なんだが・・・」
俺は明日からのヨーロッパ視察に、牧野を同伴したい旨を伝えた。
「2週間・・・ま、どうにかなりますでしょう」
「話のわかる方で」
「あの子・・・元々明るい子でしたが、道明寺様がいらっしゃるようになってから表情が変わりました。娘のようで、とても可愛いんです。どうか、よろしくお願いします。」
牧野の母ちゃんに頭が上がらないように、不躾には出来ないと思った。
少しだけ姿勢を正し、正面を向く。
「彼女を幸せにできるのは俺しかいない。それだけは、お約束します」
「頼もしいお言葉、受け取らせていただきます。着替え終わりましたら、こちらに来させますので」
しばらく待つと、ジーンズにTシャツ、カーディガンといういかにも牧野らしい恰好で出てきた。
『アフターって何?』
「知らねぇのか?」
『テレビで聞いた事ある気がするけど…詳しくは』
「・・・まぁいい。腹減ってるか?」
『うん。何で?』
「いいから行くぞ。女将、よろしく」
「はい。またお越しくださいませ。牧野さん、お疲れ様」
『お先に失礼します』
店の近くに待たせてあった車に乗り込んだ。
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