お客様との会話には政治、経済、芸術、芸能人の噂まで幅が広く、日々新聞やインターネットでの情報収集が必要だった。
その中にはもちろん道明寺の記事もあって、どこと提携を結んだ、交渉決裂、大企業の令嬢と婚約間近、帰国して東京支社で専務のポジションに就いたという事まで把握している。
英徳出身というだけで、F4についても会話に出てくる。
それらを交わすのも、仕事の一つ。
今日は一番大きい個室には前園産業の社長が予約を入れている。
前園社長は前のお店からあたしを気に入ってくれて、指名までされていた。
ドルチェを出したら挨拶に行かなきゃ。
そう思い、事務仕事を始めた。
前園社長のテーブルにドルチェを出したと連絡を受け、頃合いを見て部屋をノックする。
あたしは連れが誰か、聞いていなかった。
その横顔は5年前よりも幼さを失くし男らしさを増していて、スーツの上からでもわかるくらい筋肉がついて一回り大きくなった体。
追いやったはずの気持ち。
もう諦めると言って、道明寺の記事にも会話のネタくらいにしか思っていなかった。
けど、実物を目の前にして、なぜあたしの心臓は鼓動を速めるのだろう。
お願いだから、こんな感情はもう忘れたい。
『本日はお越しいただきありがとうございました。お料理の方はいかがでしたでしょうか?』
「とっても美味しかったよ。ラルーチェは高級志向だからね、司くんの口にも合ったかな?」
「はい、とても美味しかったです。友人にもこのお店を勧められていたので、来たいと思っていたところなんですよ。」
「それはタイミングが良かったね。」
西門さんと美作さん・・・余計な事して。
『御挨拶が遅れました、支配人の牧野つくしです。』
名刺を差し出すと、同様に道明寺も名刺をくれた。
「どこかで会った事が・・・?」
『私、英徳高校の出身なんです。1学年下ですが、道明寺さんのことは存じ上げておりました。』
あたしを見つめて、何かを考え込むような顔をしてる。
「・・・類の女?」
『違います。お付き合いはしておりません』
「そうか・・・。また来るよ。」
『はい、お待ちしております』
もう来ないでほしいと思う反面、また会える事にどこか期待している自分もいる。
それは前園社長の前だからか、それとも少しは大人になったのか。
穏やかな口調と威圧的な視線を感じない事。
前は女ってだけで近寄るなオーラを出していたのに、その刺々しさも少しなくなっていた。
「牧野さんはこの数年で見違えるくらいキレイになったんだ。素敵な彼がいると思っていたよ」
『もう数年1人身です。今は仕事が恋人のようなものですから』
「色気がないね。若いんだからもっと恋しなきゃ」
『そういう相手に巡り合えれば、すぐにでもお嫁に行きたいんですけど。』
「牧野さんならすぐにでも出逢えるよ。もう、出逢っているかもしれないしね」
含みを持たせた笑いは、あたしと道明寺の事を知っているかの様で居心地が悪かった。
エントランスでの見送りの時にも、道明寺はあたしを見定めるような視線を送ってくる。
その視線に、まるで裸にされたような羞恥心が湧きおこった。
速まる心臓の鼓動は、道明寺が乗った車が見えなくなると治まっていく。
夢みたいな時間は、手元の名刺で現実だと思い知らされた。
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