今日はトムソー社との業務提携による調印式が行われる。
社長含め、うちからはほとんどの役員、これに関わってきた社員が同席している。
秘書室も朝からバタバタしていて、誰もいなくなることもしばしばだった。
あたしが調印式が行われる会議室からいなくなっても誰も気づかない。
自分のデスクを片付け、西田さんの机に辞表を置いて会社を出た。
マンションに戻り、ここに来た時と同じスーツケースに荷物を詰めて行く。
ここにあるもののほとんどが、社長と司が買ってくれたもの。
少しの服と、身の回りの物を詰めるのだってすぐに終わった。
着ていたスーツを脱いで、自分の服に着替える。
用意された服ばかり着ていたからか、自分の服は安物特有の繊維が肌に触れる感じがした。
司にたくさん愛された部屋。
ベッドの上だけじゃない。
時にはバスルームで、時にはソファーで。
思い出すだけで恥ずかしい。
でもそれももうないいんだ。
考えたら寂しくなる。
自分で決めたんだ。
司を守るため。
その為なら、あたしは自分を犠牲にできる。
『ありがとう、司』
後ろ髪を引かれる想いで、部屋を後にした。
空港には、昨日連絡した彼女があたしを待ち伏せしていた。
あたしの顔を見るなり、声を高らかに上げて笑いだす。
「(いい気味ね。これから司はどうなるのかしら)」
あたしはこんな女に屈するのかと、悔しい思いでいっぱいだ。
これならまだ、楓社長に言われて別れた方がましだった。
『(写真、渡してくれる?)』
手を出せば、素直に渡してくれると思ったのに手を振り上げばら撒かれた。
1枚1枚拾いながら、涙が出そうになるのを堪える。
『(データも消して。約束よ?)』
「(どうかしらね)」
『(ちょっと待ってよ!あたしがいなくなればそれでいいんでしょ?)』
「(えぇ。)」
『(・・・あなたお金に困ってるんじゃなかったの?司を脅してお金取ろうと思ってるんでしょ?もし司が逮捕されれば写真の価値は上がるけど、司自身は資産を失うわ。今のポジションのままなら、あなたの家族が裕福に暮らしていけるくらい取れるはずだけど。そんなチャンスを逃すつもり?)』
本当はこんな事言いたくないけれど、これであいつを守れるなら何度だって言うよ。
ほら、彼女の顔色が変わった。
慌てて電話をかけ、データを消させているようだった。
『(じゃああたしは手続きがあるから。もう2度と会う事はないと思うけど。さようなら)』
名前も知らない彼女に背を向け、歩きだそうとしたところに遠くからあたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。
ランキングに参加してます。
ポチっとお願いします。
0574 Web Site Ranking
スポンサーサイト