初めて頭を下げる姿を見た。
この人にも母親の顔があったんだ。
『頭を上げてください。あたしには・・・司さんの側にいる資格はありません。もう、あんな思いはしたくないんです。』
あたしの前にいるのは、一目見ただけで誰もが高級だとわかるスーツを着こなす道明寺楓。
最後に会ったのは5年前。
この5年でどれだけ苦労したのか。
以前は年齢など微塵も感じなかった顔に、少しだけ皺が目立っていた。
エベレストよりも高いプライドはどこに行ってしまったのだろう。
息子の為に頭を下げる姿からは、鉄の女の風貌の一欠けらもなかった。
『あなたの要望にはお応えできません。お帰りください。』
1人になったアパートで、あの人の言葉がリフレインしていた。
「司はあなたの記憶を失くしてから、仕事には打ち込んでいたけどその姿は痛々しいものだった。
毎日浴びるようにお酒を飲み、女遊びも激しさを増す一方。
司の見た目と道明寺のブランドに寄ってくる人は後を絶ちません。
司は何でもお金で解決しようと思っているわ。
正直、暴力沙汰を起こしていた高校生の頃より荒れてるの。
法を犯すまで時間の問題です。
このままでは仕事にも支障が出るし、体調も心配で…。
ここに私が来たのはあなたにお願いがあって参りました。
あなたが大学を卒業してからでいいの。
司の秘書として、公私共に支えてくれないかしら。
あなたの衣食住は保障します。
期限は2年。
司の記憶が戻れば、あなたたちの事には口を出しません。
もし戻らなくても、あなたがいいならそのまま続けてもらっても構わないし、嫌なら別の仕事を用意して司の前から姿を消して構いません。
もうあなたしか頼る人がいないの。司を助けて、お願い…!」
あたしの知らない道明寺。
きっと花沢類たちがあたしの耳に入らないようにしてくれてたんだ。
暴漢に襲われ、あたしの記憶だけを失くしたあいつ。
怪我が良くなるとすぐにNYに連れて行かれた。
もう5年も経つのに。
あの時、花沢類の彼女だと言われ、散々罵られ、あたしは道明寺を諦めようと思った。
みんなに宣言して、心の奥底の気持ちに蓋をした。
他に好きな人なんてできないし、花沢類たちに会うたびにあいつの影を探しちゃうけど。
受け入れるしかないって思ったら、気持ちが晴れたんだ。
奨学金で国立大に通い経済学を学んだ。
花沢類に英語やフランス語を習い、就職の為に備えた。
F4とは関係のない企業に就職したかった。
自分の力で羽ばたいていけるように。
あたしを忘れたあいつとの約束を果たそうとしてる。
すでにもらっている内定を蹴ってまで、行く価値はあるんだろうか。
道明寺の為に、あたしは何ができるんだろう。
またあの時のように傷つくだけならごめんだ。
でも、あいつが足を踏み入れた世界を見てみたい。
何日も、考え続けた。
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